テバ製薬・・・飛べない鳥
イスラエルは今日一日、ゼネストでした。
空港は時限ストで、一部のフライトがキャンセル。株式市場の立会時間は通常は朝9時から16時35分なのですが、今日は13時から16時35分に変更。病院や診療所は救急以外の外来を受け付けない休日シフト。銀行を初めとした金融機関はクローズか一部営業。大学や研究機関もストライキ。
このストライキの理由は、「テバ製薬の1700人という大規模リストラへの団結」
本当に意味が分からない。もっと大規模なリストラを決行した企業があるのに、です。
そして、道路を閉鎖して、大規模デモ


(イスラエル労働総連盟のFacebookより画像引用)
「テバ製薬のことをもう少し」 ・・・という情報筋さんのリスエストにお答えして。
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テバ製薬(Teva Pharmaceutical Industries Ltd)。
設立はイスラエル建国前の1901年。当たり前だが当時は製薬の技術はなく、薬の輸入と国内行商からのスタートだった。ユダヤ移民の増加に伴って、その需要と供給もぐんぐん上昇。イスラエル建国から4年後の1951年、株式会社として発足する。
1964年、複数の製薬会社が合併し、テバ製薬として看板を揚げる。そして1976年から80年にかけて、国内の製薬会社3社を吸収合併し、今日のテバ製薬の基本形が完成。その2年後、アメリカ食品医薬品局FDAの認可を受け、国際的企業への第一歩の道を踏み出す。
ここまでは、テバ製薬のホームページでもウィキペディアでも紹介されている会社の沿革だが、テバ製薬が一気に世界に飛び出すのは21世紀に入ってから。
では、1982年から2000年までの空白の18年、テバ製薬に何が起きたのだろう?
これが分かると、そこから現在のテバの有様がだんだん浮き彫りになってくる。
◆旧ソ連の崩壊と優秀なロシア系移民
80年代後半から、旧ソ連の衰退に伴って、旧ソ連に住むユダヤ人らがイスラエルに移民するようになった。そして1990年のソ連崩壊により、その数は爆発的に増加。その数は100万人ともいわれている。
基本的に優秀な頭脳を持つロシア系ユダヤ人、移民直後から、特に医学や化学やハイテク分野でその能力を発揮した。そして、テバ製薬もその例外ではなかった。
元医者、元科学者、元物理学者、元エンジニア・・・、ありとあらゆる分野で活躍していたロシア系は、ジェネリック薬開発を得意とするテバ製薬で大歓迎を受ける。
そしてロシア系イスラエル人たちも、彼らの能力を存分に発揮できるこの仕事を満喫した。
◆買収! 合弁! 産まずに、増やせよ、地に満ちよ!
思いがけないロシア系らの働きによって、テバ製薬の収益は激増した。ある種のバブル状態とも言えた。しかし、ロシア系の働きはそれは素晴らしいのだが、研究開発/R&Dには相当な金がかかる。ソフトパワーである人材が揃っても、機材などハードパワーが追いつかないのだ。
そこで、テバ製薬は、あることを思いつく。
「何も自国で開発をせずとも、海外の優秀な会社を買ってしまえばいいのだ。現地の会社を買収し、現地でその薬を売る。輸送費もかからないし、お得じゃないか!」
2000年にカナダのノボファーム買収を皮切りに、2006年に1社、2008年から2010年に毎年1社ずつ、2011年に3社、2013年に1社、そして2015年と2016年にそれぞれ3社ずつ、つまり16年間に製薬会社15社を買収している。
ちなみに2011年に買収した3社には日本の大洋薬品が含まれている。
◆デューデリ費と社債利息が膨張する製薬会社?
デューデリとは、企業が買収合併する時に必要な調査を言うが、これは大変な金がかかる。現地の監査法人や会計事務所・弁護士・銀行などに依頼して、その当該企業が合併するに値するか、徹底的に調べなければならない。大きな買物をしようとすればするほど、その費用は天井知らず。よくよく調査した結果、「やっぱり買わない会社」もたくさんあるのだ。
しかし、テバ製薬はこのデューデリ費に糸目をつけなかった。
「新しいものを買うのだ。調査にどれだけ費用がかかっても、それだけいいものが買えるならば安い投資だ。買収したらこっちのもの、すべての収益はわれわれテバ製薬に帰属するのだから」といわんばかりに。
それはまるで買物依存症の人が、ウィンドウショッピングを楽しみ、試着して回るのと同じように。次はこの会社、じゃあこっちの会社はどう? だったらここはどうかしら?
◆リーマンショックと社債安全神話
莫大なデューデリ費用のために、テバ製薬は社債をバンバン発行し、その資金を調達しまくった。国内市場も国際市場も、テバ製薬の社債を疑わなかった。
2000年から2016年までに15社の買収。それが何を意味するのか、テバは自分達を大きくするものだと思い込んでいた。社債なんて簡単に返せる。俺達は儲かっているんだ。テバの高利を疑う者なんていないはずだった。
2008年のリーマンショック以降、イスラエルでは「社債なら安全」と投資を社債に移行する風潮がある。テバ製薬が社債を発行しまくって資金調達したのはこれが理由で、特に個人積立年金や財形などを「社債投資型」にプールするのが一番安全だと言われている。
確かに、社債は株と違って償還額という元本があるのだから、投機で値上がりすることはあっても額面金額よりも低くなることはない。償還期日がくれば満額保証、保持していると利息が付く。こんなに素晴らしいものはない。さぁ皆さん、テバの社債は要りませんかぁ?
テバ製薬は社債を「庶民がわが社の利益を享受するお得なボーナス券」と勘違いした。
しかしそれは、借金以外のなにものでもないのだ。
◆かくして、鳥は飛べなくなった
鳥は、体が重くなればなるだけ、その翼に過度の負担がかかる。
体を太らせることは簡単でも、手羽全体を強くしたり羽根の枚数を増やすことは難しい。
世界の製薬会社15社の買収や業務提携に走り回り、社債を乱発したテバ製薬の会計報告書は、異常な体を為すようになった。
どんなに経営上向きの会社でも、負債はある。買収とは、そのいいところも悪いところも全て引き受けることである。テバ製薬の会計報告書は、製薬会社の報告書とは大きくかけ離れたイビツなものとなっていった。
そして世界企業になったことで、その収支は為替相場にも大きく左右される。
膨れ上がれば膨れ上がるほど、収益も上がるが費用も増える。通常の製薬会社の研究開発だけではなく、負債利息、社債の利息、差し迫る社債返還、それらはテバが皮算用していた収益をはるかに大きく上回るものであった。
社債償還のための社債、そしてまた社債、社債の乱発で資金をいくら調達しても、借金が増えるだけで手許現金はどんどん消えていく。
乱脈経営で増えすぎた借金に経営陣は逃げ出し、デンマークの大手製薬会社のCEOだったシュルツ氏に平身低頭頼み込み、2017年にテバのCEOに就任してもらったが、それはもはや手の施しようがない状態に陥った後だった。
胴体だけが大きくなって飛べなくなった鳥。それがテバ製薬の今の姿だ。
長い長い年月をかけて羽根が退化した鳥ではない。たった17年の話。
テバは自らの翼を鍛えることを怠り、ただただ体を太らせることだけに力を注いだ。
太った体はそれだけ多くの血液=金を要する。経常経営の運転資金、膨れ上がる人件費、研究開発に新しい機材の購入。そして企業経営上逃れられない訴訟、特許取得。資金調達のための社債発行費用に利息、負債利子・・・。考えるだけで気が狂いそうだ。
そもそもジェネリック開発といっても、テバだけに卓越した能力があるわけではない。優秀なロシア系移民によるセンセーショナルな世界デビューは、もう過去の話。
ライバル会社は世界中にいくらでも存在する。開発力と技術力ではアメリカや欧州先進国や日本には到底適わない。あるいは、安くていいジェネリック薬を作るだけなら、中国にもインドにも出来る。世界はそちらに目を向けているのが事実だ。
アメリカの経済誌は、テバ製薬の社債を「もはやジャンク債」と酷評した。
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Q:テバ製薬は私企業なのに、なぜ大規模ゼネストになるのか?
イスラエルは、アメリカの影響を大きく受けているように思われがちだが、基本的に社会主義的な面がとても強く、それはフランスなどヨーロッパの思想に似ている。
東欧の移民と、中近東イスラム圏の移民で構成されているのだから、当たり前なのかもしれないが、資本主義で育った日本人の私には理解しがたいところがとても多い。
たとえば、私が住む地域に、瀕死の缶詰工場がある。何年にも亘る乱脈経営で行き詰まり、ここ10数年で何度も何度も工場閉鎖と倒産が叫ばれたのだが、そのたびに国を挙げて大騒ぎをし、公的資金が導入されている。
「われわれはイスラエルの発展に寄与している」「北部の国境地域から工場がなくなったら次はどうしたらいいんだ」「国境地域に住むというリスクを国はサポートすべき」・・・ という、とてもじゃないが理解できない理屈を並べる。
テバ製薬も同じようなことを言うだろう。
テバの株式はイスラエル主要35銘柄に入っている。テバの社債は、イスラエル国民の年金を運用している。倒産したら、国民全員の年金がなくなるのだ。それでいいのか?
労働総連盟は野党最大勢力の労働党が密接に関与しているため、ストライキは政府与党を攻撃する恰好の材料となる。そうだそうだ政府が悪い。ネタニヤフが悪い。労働党が政権を握っていたらもっとよくなっていたはずだワーワーワー。
Q:そこまで膨れ上がった費用に、誰もなんとも思わなかったのか?
これもイスラエル人の間違った経済観念なのだが、「費用をたくさん使っている会社/部署は、それだけ働いている」、すなわち良いことだと思い込む人がとても多い。
経理経営の理論からしたら、それは費用を上回る収益があることが前提なのだが、イスラエル人は「費用がこれだけかかるのだから、きっと収益もあるはずだ。これは経費というよりも、将来への投資である」と、解釈する。一生懸命働いている人の費用を分析するなんてよくないことだ、と。
テバ製薬は、天井知らずに莫大なデューデリ費や社債発行費について、「これは必要経費。こんなに頑張っているんだから、お金がかかって当然」と思っていたに違いない。
本来のあるべき緊縮策ならば、まずは費用を減らすのだか、それだと仕事をサボっていると思われてしまうから、代々のCEOは「この費用を埋めるためにはもっと買収すればいい。デューデリ費は投資だ」と、経費削減なんて考えもしなかったのだろう。
その結果がこれだ。株価はこの1年で6割以上も下落した。

青がテバ製薬。オレンジがイスラエル主要銘柄TA35指数。
テバが足を引っ張っているのは明白である。
リストラは一時的な措置に過ぎない。問題はそこではないからだ。
飛ぼうにも飛べない鳥。無理して飛べば羽根が抜け翼がもげ、地に落ちるだろう。
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・・・以上です。
素人経理屋にはこれが限界。こんなザックリ感でよろしいでしょうか?
イスラエル 日本人 キブツ